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静岡地方裁判所 昭和27年(わ)146号 判決 1958年5月20日

本籍並びに住居

静岡県庵原郡興津町谷津二百八十四番地の一

工員

小泉秀彦

大正十三年二月二十八日生

本籍並びに住居

沼津市上香貫獅子路千六百八十二番地の三

政党役員

谷口満夫、大畠稔こと

荻沢稔

昭和四年四月四日生

右被告人小泉秀彦に対する脅迫、公務執行妨害、傷害、政令第三二五号違反、被告人荻沢稔に対する脅迫各被告事件について、当裁判所は、検察官検事松本正平出席のうえ審理をすまし、つぎのとおり判決する。

主文

被告人小泉秀彦を懲役二月に、

被告人荻沢稔を懲役四月に、

それぞれ処する。

但し、被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間、それぞれ右各刑の執行を猶予する。

昭和二十七年五月三十日附起訴状記載の公訴事実中、被告人両名に関する第一の(一)の脅迫の点については、被告人両名は無罪。

昭和二十七年五月三十日附起訴状記載の公訴事実中、被告人小泉秀彦に関する第二の公務執行妨害並びに傷害の点については、同被告人は無罪。

昭和二十七年四月十二日附起訴状記載の昭和二十五年政令第三百二十五号違反の点については、被告人小泉秀彦を免訴する。

理由

(罪となる事実)

被告人両名は、昭和二十七年五月九日午後三時二十分頃、静岡県庵原郡両河内村和田島八百五十八番地和田島巡査駐在所に赴き、同所勤務の巡査水島資次に対し、「日本共産党の者だ」と前置きして、いろいろいやがらせを述べたのち「この事を本署に連絡するともつと重い責任を持つてくるぞ」と言い残して帰つたが、

被告人両名は翌十日午後二時四十分頃、再び右駐在所に赴き、同所事務室において、互に意思連絡のうえ、被告人荻沢稔において右巡査水島資次に対し、「お前に俺があれ程いつておいたのに昨夜は大きな網を張つたな、獲物があつたろう」「これから部落に紐つきをおいて俺達の行動を捜り、情報をとらせ連絡すると承知せんぞ」等と怒鳴り散らしたうえ、「これから新聞やビラを配つたのを集めたり、俺達の行動を捜つたりするとたんまりお礼をするぞ、今度の事も本署に連絡するな」と申し向け、要求に応じないときは、如何なる危害を加えるかも知れないことを暗示して、同人を脅迫したものである。

(証拠の標目)略

(法律の適用)

法律によると、被告人両名の判示所為は刑法第六十条第二百二十二条第一項罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号に該当するから、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内において被告人小泉秀彦を懲役二月に、被告人荻沢稔を懲役四月にそれぞれ処し、なお、諸般の情状を考慮して、同法第二十五条第一項により被告人両名に対し、この裁判確定の日より一年間それぞれ右各刑の執行を猶予する。

(無罪)

第一、昭和二十七年五月三十日附起訴状記載の公訴事実中、被告人両名に関する第一の(一)の脅迫の点について。

右脅迫に関する公訴事実は、

被告人両名は、共謀の上駐在所巡査を脅迫してその正当な職務行為に不当の制肘を加えようと企て、昭和二十七年五月九日、庵原郡両河内村和田島巡査駐在所で、同所勤務の巡査水島資次に対し、「日本共産党の者」だと前置した上、交々語気鋭く同巡査が同村居住の望月武福に対し、昭和二十五年政令第三百二十五号違反関係者として不当の弾圧をしたものと言いがかりをつけた上、「この事を本署に連絡すると、もつと重い責任を持つてくるぞ」の旨申向け、要求に応じないときは、如何なる危害を加えるかも知れないことを暗示して、脅迫したものである

というにある。

そこで、第三回公判調書中証人水島資次、同水島てる子の各供述記載および水島資次の検察官に対する昭和二十七年五月十四日附、同月二十六日附各供述調書中の記載を綜合すると、被告人両名は、昭和二十七年五月九日午後三時三十分頃、静岡県庵原郡両河内村和田島八百五十八番地和田島巡査駐在所に赴き同所事務室において、丁度警らに出るため制服を着用し腰に警棒、拳銃を携帯していた同所勤務の巡査水島資次に対し、「私達は日本共産党の者だ」と前置きしたのち、「私達は望月武福さんの家族の医療保護のことできたんだ、貴方が駐在所としての責任を軽くするため協力してもらいたい」「役場の方は頼んで来たが、明日静岡の福祉事務所から調査に来ることになつているから、誰か来たら、駐在所として一言この人に言つて貰いたい」と申し向け、さらに、「望月の家族は、今病気で明日にも死にそうだ、これは警察で望月の家を家宅捜索したり、また多勢でやつて来て、ジープで附近をうろついたりしたから望月が逃げたのだ、彼は随分部落のために働いた人だ、これを弾圧するようになつたのは駐在所のお前が情報を本署に報告したためだ、家族を見殺しにする心算か君は政令第三百二十五号をどう思うか」「お前は武兄が部落へ帰つてきたら駐在所に連絡する様に言つているそうだが、それはどういう訳か」等と怒鳴り、最後に、同日午後四時三十分頃、本署から同巡査に警察電話がかかつてくるや、「このことを本署に連絡すると、もつと重い責任を持つてくるぞ」と捨台辞を残して同所より立去つたことを認めることができる。

ところで刑法第二百二十二条所定の脅迫たるには、告知される害悪の内容が客観的かつ具体的で、一般的にみて畏怖に値するものであることを要するものと解すべきところ、被告人両名は、ただ「この事を本署に連絡するともつと重い責任を持つてくるぞ」と申向けたのにとどまる。

もつとも被告人らは交々いやがらせとu思われることをいろいろ申し述べているが、結局、望月武福の家族が医療保護を受けられるよう協力されたい旨懇請するため同駐在所に赴いたものであり、さらに前記認定のごとき告知の日時、場所、告知の方法、被告知者の環境等をあわせ考えると、右言説は、前記の意味における害悪を告知したものと解することはできないから、本件は脅迫罪に該当しないものと言わなければならない。従つて犯罪の証明なしとして、この点につき被告人両名に対し刑事訴訟法第三百三十六条後段により無罪の言渡をなすべきものである。

第二、昭和二十七年五月三十日附起訴状記載の公訴事実中、被告人小泉秀彦に関する第二の公務執行妨害並びに傷害の点について。

右公務執行妨害並びに傷害の公訴事実は、「被告人小泉秀彦は、昭和二十七年五月二十二日庵原郡興津町谷津四百五番地の同被告人宅で、巡査水島資次に対する脅迫の事実に基く裁判所の令状発布の事実を告げて同被告人の逮捕に着手した国家地方警察西庵原地区署勤務の巡査川口幸義及び薩川俊一両名に対し、その逮捕を免れようとして両手を振り廻し、或は之に突きかかる等の暴行を加え、因つて右川口巡査に対し全治約五日間を要する右手背部挫創、右薩川巡査に対し全治一週間を要する右中指挫創の各傷害を負わしめ、同時に右両名の職務の執行を妨害したものである。」というのである。

そこで第四回公判調書中証人川口幸義、同薩川俊一、同小浜哲男の各供述記載および医師小浜哲男作成の薩川俊一、川口幸義に対する各診断書中の記載を綜合すると、水島資次に対する脅迫事件の被疑者として被告人小泉秀彦を逮捕するため、昭和二十七年五月二十二日、山崎淑郎警部補が逮捕状を所持して他の二名と共に両河内村に向い、また川口巡査、薩川巡査は同被告人の自宅に向つたが、同日午前十一時頃同被告人がその自宅に現在していることを確認したので、右川口、薩川両巡査は逮捕状を所持している右山崎警部補の廻来を待つことなく、直ちに同被告人宅に赴き、同被告人に対し「あなたが小泉さんか、五月十九日付で静岡地方裁判所の裁判官の脅迫罪容疑による逮捕令状が出ているから逮捕する」旨告げて手錠を掛けんとしたが、同被告人は「逮捕状を見せろ、逮捕状がないから逮捕できない」と主張して逮捕されることを拒み、右両巡査に対し両手を振り廻し、或はこれに突きかかる等暴行し、よつて川口巡査に対し全治約五日間、薩川巡査に対し全治約一週間を要する各傷害を蒙らしめたこと、右逮捕当時同被告人に対して脅迫の被疑事実による裁判官の逮捕状が発せられていたこと、しかし前記両巡査は、右令状を所持せずして逮捕に赴いたのであるが、逮捕するに際しては同被告人に対し「脅迫罪容疑で逮捕令状が発せられている」旨を告げたにすぎないことをそれぞれ認めることができる。

ところで、刑法第九十五条第一項所定の公務執行妨害罪が成立するためには、その職務の執行が適法であることを要するかどうかについて考えるに、国家は、公務員の職務行為の強力円滑な遂行を保護すると同時に、個人の基本的人権を尊重するため、国権の行使にも厳重な規制を設けているのであるから、公権力を行使する側における法規の不遵守を保護するために、これによつて誘発された国民の側の法規不遵守に対して刑罰を科するのは、近代国家の理念に反する。従つて、適法な職務行為でなければ刑法第九十五条の保護しようとする法益に当らないと解すべきである。もちろん職務執行行為に多少の不適法行為があつても、そのためにその職務執行行為がただちに刑法上の保護に値しなくなるというわけではない。その基準は、抽象的に定められるべきものではなく、国民の人権を保護する必要性の程度とに応じて、もつぱら具体的事案により、事がらの軽重を勘案して判断されなければならない。

すなわ、被疑者の逮捕のように、国家の権力を強制し、国民の基本的人権を制約するばあいには、その適法性の要件は厳格に解しなければならない。かようなばあいには、その職務執行行為が、公務員の一般的又は抽象的権限に属すること、および、その行為をなしうる法定の具体的条件を具備し、かつ、法律上重要な手続の形式をふんでいることを要するのである。

本件についてみると、憲法第三十三条、刑事訴訟法第二百一条第一項によれば、逮捕状によつて被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならないし、また刑事訴訟法第二百一条第二項、第七十三条第三項によれば、逮捕状を所持しないためこれを示すことができないばあいで、急速を要するという理由で逮捕するときには、被疑事実の要旨および令状が発せられている旨を告げなければならない。この規定は、国民の基本的人権と重大な関係を有する厳格規定であるから、そのいわゆる緊急性の要件を具備せず、且つその方式を履践しない逮捕行為は違法であり、従つて、その執行者に対し暴行脅迫を加えても、その行為が、違法な執行を排除するためやむをえないものであるときは、正当防衛であつて、公務執行妨害罪は成立しないのみならず、その暴行によつて執行者に対し傷害の結果を生じても、それが相当性を有するかぎり、同じく傷害罪が成立しないと解すべきである。

前記川口、薩川両巡査は、逮捕状を所持しないで、小泉被告人の逮捕行為に着手したのであるが、同被告人に対しては全国的に、または比較的広範囲にわたつて指名手配がなされたという事案ではなく、同被告人の所在はその自宅および両河内村に限定されていたようである。また、右両巡査は逮捕行為に着手する約三十分乃至一時間前に、被告人が前記同被告人の自宅に現在することを確認し、かつその後川口巡査が張込みをしていたのであるから、逮捕状なしで逮捕せねばならないような特別の事情があつたとは到底認められないうえから本件逮捕は前記法条にいわゆる逮捕状の緊急執行をなしうる法定の要件を具備していないといわなければならない。

更に、川口、薩川両巡査は、同被告人に対し脅迫罪で逮捕状が出ている旨を告げただけで、いきなり小泉秀彦の逮捕に着手しており、同被告人に対し被疑事実の要旨を告げた証拠は何等存在しない。

そうすると、被告人小泉に対する逮捕行為は、重要な形式をも履践していないというべきである。

以上のとおり、本件逮捕行為は法定の要件を欠き、かつ、重要な形式を履践しない違法なものであり、同被告人がこれを排除するため暴行を加えても、公務執行妨害罪成立せず、また暴行により前記両巡査に傷害の結果を生じても、司法巡査の実力行使を免がれるためとつさの間になされた所為であつて、法律上正当防衛の範囲に属するものと認められるから、犯罪の成立を阻却するものといわなければならない。故に、右公訴事実については、刑事訴訟法第三百三十六条前段により、被告人小泉秀彦に対し無罪の言渡をする。

(免訴)

昭和二十七年四月十二日附起訴状記載の公訴事実(昭和二十五年政令第三百二十五号違反)について。

右公訴事実は、

「被告人は、昭和二十六年九月頃より昭和二十七年三月二十五日頃迄の間約七回に亘り、静岡県庵原郡興津町清見寺百二十六番地市川隆方に於て、同人に対し別紙の通り(昭和二十七年四月十二日附起訴状添附の別紙を引用する)同別紙記載の文章を掲載して、連合国に対し破壊的なる批判を加えた「平和と独立」紙第五十九号乃至百三号のもの一部乃至二部合計二十五部を頒布して論議し、以て占領目的に有害な行為を為したものである。」

というのであつて、右は昭和二十五年政令第三百二十五号第一条第二条に該当するところ、昭和二十五年政令第三百二十五号「占領目的阻害行為処罰令」は、昭和二十七年四月二十八日平和条約が効力を発生したと同時に失効し、従つて本件は犯罪後の法令による刑が廃止された場合にあたる(最高裁判所昭和二七年(あ)第二〇一一号同三〇年四月二七日言渡大法廷判決)から、被告人小泉に対し刑事訴訟法第三百三十七条第二号により免訴の言渡をする。

(訴訟費用の負担の免除)

訴訟費用については、被告人両名においてこれを納めることができないこと明らかであるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してこれを負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

昭和三十三年五月二十日

静岡県地方裁判所第一刑事部

裁判長裁判官 矢部孝

裁判官 高島良一

裁判官 井田友吉

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